お正月の三が日って、テレビをつけると駅伝をやっている気がしませんか?
あれは偶然ではありません。元日=ニューイヤー駅伝、2日・3日=箱根駅伝。この“強すぎる定番セット”が、三が日を駅伝ムードにしているんです。
しかも箱根駅伝は、最初から正月開催ではなく、第1回は1920年2月に始まりました。
そこから戦後に1月2日・3日へ固定され、理由のひとつに「公道を使うなら物流が休みに近い正月がいい」という警察側の提案があった、とも語られています。
この記事では、
- なぜ正月に駅伝が集まったのか
- どのタイミングで“固定”されたのか
- 思わず誰かに言いたくなる小ネタ
を、雑学としてサクッとまとめます。
では次に、三が日を作っている2大会を、まずは超シンプルに整理していきましょう。
三が日は「この2大会」がドン!まずは基本
三が日に駅伝が多く感じる最大の理由は、カレンダーに超定番が“固定配置”されているからです。
ざっくり言うと、元日は実業団の頂上決戦(ニューイヤー駅伝)、2日・3日は大学の大イベント(箱根駅伝)。これで三が日が一気に“駅伝ムード”になります。
まずはここだけ!2大会の早見
- 1月1日(元日):ニューイヤー駅伝(実業団の駅伝日本一決定戦)
- 1月2日・3日:箱根駅伝(大学駅伝のビッグイベント)
ニューイヤー駅伝(全日本実業団対抗駅伝)ってどんな大会?
- 実業団の駅伝日本一を決める大会(7区間・100km)
- 1957年から始まった大会として案内されています
- 開催地が群馬に移った1988年ごろを機に、注目度を高める狙いで“元日開催”が定着した流れが語られています
箱根駅伝って、最初から正月開催じゃない(ここが雑学ポイント)
- 箱根駅伝の第1回は、いまのイメージと違って1920年2月にスタート
- 戦中・戦後の中断を経て、1956年から「1月2日・3日」開催に固定された、と整理されています
- また、1953年のNHKラジオ中継などをきっかけに広く浸透していった流れが紹介されています
この章の結論(ここだけ覚えるとスッキリ)
三が日=駅伝が多いと感じるのは、元日・2日・3日に“超有名大会が連続で並ぶ”から。
だから正月にテレビをつけると「また駅伝だ!」となりやすいんですね。
では次に、いよいよ本題。
なぜこの2大会は“正月に固定”されたの?を、いちばん面白い雑学ポイントだけ拾っていきます。
なぜ「正月に固定」になった?いちばん納得できる3つの理由
三が日の駅伝が“定番”になったのは、気分やノリではなく、ちゃんと理由があります。
とくに箱根駅伝は、戦後の流れの中で1956年から「1月2日・3日」に固定された、と整理されています。
ここから「正月=駅伝」がいっきに加速していきました。
理由①:公道を長時間止めるなら、正月がいちばん組みやすい
駅伝は、コースが長いぶん、交通規制も大がかりになります。
箱根駅伝の日程が1月2日・3日に固定された背景として、「物流が正月休みの時期に公道を使うのがよい」という警察からの提案があった、と語られています。
- 道路を止めるイベントだから、日程選びが超重要
- 正月は、普段より交通量が落ち着きやすい=規制を組みやすい
理由②:1953年のラジオ中継が“正月の恒例行事”を育てた
箱根駅伝は、メディアの力で一気に浸透していきました。
戦後の箱根駅伝は、1953年にNHK第一放送でラジオ中継が始まったこともあって、次第に人々に広まっていった、と整理されています。
- 家の中でも楽しめる → 正月の“みんなで観るイベント”に育ちやすい
- 一度「恒例」になると、同じ日にやる価値がどんどん強くなる
「放送したい日」が固まると、「開催日」も動きにくくなる。これ、イベントあるあるです。
理由③:「休みで観られる人が多い」→ 風物詩として定着した
お正月は在宅時間が増えがちで、駅伝のような長時間中継と相性がいいんですよね。
しかも駅伝は、ガッツリ見なくてもOK。家事の合間に“ながら見”できるのが強いです。
- 視聴者:「この日は駅伝だよね」と予定に組み込みやすい
- 運営側:毎年同じ時期だと、警察・自治体・放送の調整が回しやすい
- 結果:定番化が、さらに定番化を呼ぶ
おまけ:いまも「交通規制のお知らせ」が出る=それだけ大イベント
ちなみに箱根駅伝は、いまも大会に合わせて交通規制のお知らせが出ます。
つまり「正月の恒例」ってだけでなく、毎年、公道を使う大イベントとして公式に案内が必要な規模なんです。
この章のまとめ(ここだけ覚えるとOK)
- 正月は道路を止めやすい(物流が休みに近く、公道イベントを組みやすいという背景)
- 1953年のラジオ中継が追い風になり、恒例行事として浸透
- 休みで観られる人が多く、“風物詩”が固定化した
では次に、ここまでの「なるほど!」をさらに強くするために、思わず誰かに言いたくなる“小ネタ集”にいきます。
思わず誰かに言いたくなる“小ネタ集”
ここからは、知ってるとちょっと楽しい「言いたくなる系」を集めます。
三が日駅伝トークが、少しだけ盛り上がります。
小ネタ1:箱根駅伝、最初は「四大校駅伝競走」だった
箱根駅伝の第1回は、いまの呼び名ではなく、「四大校駅伝競走」という名称でスタートしたとされています。
しかも開催日は、正月ではなく1920年2月14日。午後1時にスタートでした。
小ネタ2:第1回の記録を見ると、当時の“時代感”が伝わる
第1回の記録を過去データで見ると、総合記録は15時間台。
いまの感覚だとびっくりですが、これが当時のリアルです。数字だけで「歴史ある大会なんだな〜」が伝わります。
小ネタ3:箱根が「1/2・1/3」に固定されたのは1956年から
箱根駅伝は、戦中・戦後の中断を乗り越えて、1956年から現在の1月2日・3日開催に固定された、と整理されています。
ここから「正月の箱根」が強くなっていった感じです。
小ネタ4:箱根が全国に広がるきっかけは、1953年のラジオ中継
箱根駅伝は、1953年にNHK第一放送でラジオ中継が始まり、そこから浸透していった流れが紹介されています。
「放送がイベントを育てる」って、本当にあるんですよね。
小ネタ5:ニューイヤー駅伝、最初から“元日”じゃなかった
「元日の風物詩」なニューイヤー駅伝ですが、歴代データを見ると、第1回(1957年)は3月開催になっています。
ここ、けっこう意外です。大会が育つ中で、開催時期も形も整っていったんですね。
小ネタ6:いまのニューイヤー駅伝は「7区間・100km」
ニューイヤー駅伝は、現在は7区間・100kmで争われます。
数字で言うと一発でイメージが湧くので、会話のつかみにも便利です。
この章のまとめ(会話で使える3行)
- 箱根の第1回は、1920年2月で「四大校駅伝競走」だった。
- 箱根が正月に固定されたのは1956年。広まった追い風は1953年のラジオ中継。
- ニューイヤー駅伝は、最初から元日じゃない。いまは7区間100km。
では次に、箱根とニューイヤーを「違いだけ」サクッと比べて、読後感をスッキリさせましょう。
箱根駅伝とニューイヤー駅伝、違いだけサクッと
二つの駅伝の違いを、サクッとご紹介しておきます!
まずは早見表(違いはここだけ)
| 比べるポイント | 箱根駅伝 | ニューイヤー駅伝 |
|---|---|---|
| 主役 | 大学(関東の大学が中心) | 実業団チーム |
| 開催日(定番) | 1/2・1/3 | 1/1(元日) |
| 距離・区間 | 往路5区+復路5区=10区間(合計217.1km) | 7区間(100km) |
| 空気感 | 学生スポーツのドラマ(襷、シード権、山の攻略など) | 「駅伝日本一決定戦」感(ガチの実力者がそろう) |
どこを見たら楽しい?(“見どころの違い”だけ)
- 箱根駅伝
- 2日間あるので、流れがひっくり返る瞬間が出やすい
- 合計217.1kmと長い分、「じわじわ効いてくる区間」が面白い
- ニューイヤー駅伝
- 100kmでテンポが良く、勝負がギュッと詰まっている
- 各チームの“勝負区間”が見えやすく、駆け引きが分かりやすい
この章の結論(ここだけ覚えるとスッキリ)
- 箱根=大学の大舞台(2日間・10区間217.1km)
- ニューイヤー=実業団の日本一決定戦(元日・7区間100km)
では次にいよいよ最後、全体まとめ(3行で言うとこう)に進みます。
まとめ(3行で言うとこう)+会話で使える締めネタ
最後に、この記事の結論をギュッとまとめます。
3行まとめ(ここだけ読めばOK)
- 三が日に駅伝が多いのは、元日=ニューイヤー駅伝/2日・3日=箱根駅伝という“超定番セット”が並んでいるから。
- 箱根駅伝は戦後の流れの中で、1956年から「1月2日・3日」に固定され、1953年のラジオ中継も追い風になって浸透していった。
- だから「正月=駅伝」は偶然じゃなくて、歴史と運営の都合が積み上がって“風物詩化”した結果なんです。
最後に:一言で話すなら(会話で使える締めネタ)
- 「箱根って、最初は正月じゃなくて1920年2月からなんだって」
- 「ニューイヤー駅伝の第1回、実は1957年は3月開催なんだよ」
ちょい実用メモ(雑学+親切)
箱根駅伝は公道を使うので、毎年交通規制が入ります。
観戦する・近くを通る予定がある人は、当日の案内をチェックしておくと安心です。



「正月に駅伝が多い」一番の現実的理由は、道路事情…と言われると、急に納得しませんか?