百人一首の「お坊さん札」がカラフルなのは、わりと自然なことです。
ポイントは2つ。
絵札は“当時の服装をそのまま写した写真”ではなく、後世の肖像表現の流れで描かれやすいこと。
もう1つは、僧侶の装束=黒一択ではないことです。
知るだけで、札を見るのがちょっと楽しくなります。
まず最初にモヤモヤ解消
| よくある疑問 | ざっくり答え |
|---|---|
| なんで僧侶が派手な色? | 絵札は「歌人の肖像+和歌」の“鑑賞用表現”として、華やかになりやすいから |
| お坊さんって黒じゃないの? | 黒もあるけど、場面や装束のパーツ(袈裟など)で色の印象が変わることがあるから |
セクション1:絵札は「当時の写真」じゃない(ここが一番の理由)
百人一首は、一般には鎌倉時代に藤原定家が選んだ秀歌撰(小倉百人一首)として知られています。
成立時期は研究上いくつか見方がありますが、「1235年ごろまでに成立した可能性」などが紹介されています。
そして大事なのはここ。
『百人一首』が“かるた”として広く楽しまれるようになったのは、江戸時代になってからと説明されています。
つまり、私たちが慣れ親しんでいる「絵札つきの百人一首」は、後世に広がる過程で“見せ方”も育っていったものなんです。
「歌仙絵」ってなに?(絵札のルーツっぽい存在)
東京国立博物館の解説では、歌仙絵は優れた歌人の肖像を描く作品(作例)のひとつと説明されています。
昔の歌人を、和歌の世界観ごと「こんな人だったはず」と表現するので、絵として見映えがする装束になりやすいんですね。
- 絵札は「服の図鑑」ではなく、人物の雰囲気や象徴を伝える“肖像表現”になりやすい
- だから僧侶札も、黒一色より、袈裟などで“それっぽさ”を出しつつ華やかに描かれることがある
ここで起きがちな誤解
百人一首の僧侶札を見て「え、派手すぎない?」「これ本当にお坊さん?」となりやすいのは、次の2つの思い込みが重なっているからです。
- 誤解①:絵札の服=当時の僧侶の制服
実際は、絵札は“鑑賞する肖像表現”に近いものです。服装の正確さよりも、見映えや象徴性が優先されやすいと考えるとスッキリします。 - 誤解②:「お坊さん=黒」以外は間違い
黒いイメージは正しい面もあります。けれど、装束は黒だけではありません。袈裟の色や、着る場面(普段/儀式)で印象が変わることもあります。
次は、いよいよ本題の「お坊さんの服は黒だけじゃないの?」へ。
黒(墨染)のイメージが強い理由と、袈裟の色が“幅を持つ”考え方を、雑学としてわかりやすくまとめます。
セクション2:お坊さんの服は黒だけじゃない(「墨染」と「袈裟の色」の雑学)

百人一首の僧侶札を見ていると、「えっ、紫?赤茶?緑っぽい?」とびっくりしますよね。
ここで覚えておくとラクなのが、僧侶の装束は“黒いことが多い”けれど、黒一択ではないということです。
服のパーツや場面によって、色の見え方が変わります。
まずは超ざっくり整理
ややこしく感じるポイントは、「服の名前」と「上に重なるパーツ」と「着る場面」がごちゃっと混ざるところです。
ここだけ整理するとスッキリします。
- 法衣(ほうえ)は、いわゆる「お坊さんの服」全般のことです。中に着る服もまとめて指すので、法衣が違うと服そのものの色や形が変わります。
- 袈裟(けさ)は、僧侶を象徴する装束で、肩にかけたり首にかけたりします。法衣の上に重なるので、“色の印象”が強く出やすいのがポイントです。
- そしてもう1つは場面(普段か、儀式か)です。普段は実用寄り、儀式では正装寄りになります。儀式の場合は、宗派や規程などで着られる色が決まることもあります。
1)「黒いお坊さん」の正体=墨染(すみぞめ)
「お坊さん=黒」のイメージは、ちゃんと根っこがあります。その代表が墨染(すみぞめ)の衣。
辞典では、墨染の衣は黒・薄墨・ねずみ色の衣で、隠遁僧が用いたことなども説明されています。
- 「黒」といっても、真っ黒だけでなく濃淡の幅がある
- だから絵札で「少し灰色っぽい」「黒茶っぽい」に見えることもある
2)袈裟の色は「派手色を避ける」考え方がある(壊色・如法色)
袈裟や僧衣の色の話で出てくるのが「壊色(えしき)」です。
辞典では、壊色は袈裟の色として青・黒・木蘭(もくらん)などが挙げられ、鮮やかな色を避ける趣旨が説明されています。
読者向けに噛み砕くと、こんなイメージです。
- パキッとした派手色は避けがち
- 代わりに、藍っぽい青/泥っぽい黒/樹皮で染めた茶系(木蘭)など、落ち着いた色に寄りやすい
つまり「黒じゃない!」に見えても、実は“落ち着いた色の範囲”で描かれていることがあるんですね。
3)儀式の装束は「色がはっきり」することがある
もうひとつ面白いのが儀式の装束です。
文化デジタルライブラリーでは、日蓮宗の法会装束の説明の中で、本衣(直綴)が僧階に応じて色が配当されるため「色衣」ともいう旨が紹介されています。
- 普段:墨染など、落ち着いた色が多い
- 儀式:宗派や規程・僧階などによって、着用できる色が細かく定められる場合がある
百人一首の絵札は「その人の雰囲気」を見せる肖像表現でもあるので、こうした“装束の色の世界”が反映され、カラフルに見えることがあります。
次は、ここまでの知識を使って「だから百人一首の僧侶札はカラフルに見える!」を、絵札の描かれ方(歌仙絵的な表現)とつなげて解説します。
セクション3:だから百人一首の僧侶札はカラフルに見える!「絵札の約束ごと」3つ

セクション2で「僧侶の装束は黒もあるけど、色の幅もある」と分かりました。
ここからは答え合わせです。
百人一首のお坊さん札がカラフルに見えるのは、だいたい次の3つが重なるからです。
理由①:絵札は“当時の写真”じゃなく、人物の「雰囲気」を描く
百人一首の絵札は、服装の正確さより“この人っぽさ”を伝える方向に寄りやすいです。
だから僧侶札も、黒一色でまとめるより、袈裟や差し色で「僧侶らしさ」「格の高さ」「落ち着き」などを演出してきます。
- 絵札で「僧侶っぽさ」が出やすいポイント
- 袈裟のかけ方
- 落ち着いた色合わせ(渋い茶・藍っぽい色など)
- 佇まい(座り方・視線・手元の雰囲気)
理由②:袈裟は“色が目立つパーツ”なので、カラフルに見えやすい
黒っぽい法衣の上に袈裟が重なると、視線がまず袈裟に行きます。
つまり、服が黒っぽくても、袈裟が赤茶・藍・紫寄りだと「カラフル!」に見えるわけです。
- 札でよくある「見え方」のイメージ
- 黒っぽい服+茶系の袈裟:渋いのに華がある
- 灰〜黒っぽい服+藍系の袈裟:きりっと知的
- 落ち着いた服+紫っぽい袈裟:“高位感”が出やすい
※これは「必ずこう!」ではなく、絵としての見せ方の話として読むのがコツです。
理由③:札は「見分けやすさ」も大事(=色でキャラ分けされがち)
百人一首は、似た構図の札が続くと見分けづらいです。
そこで絵札には、色や模様で人物を区別しやすくする工夫が入りがちです。
- たとえばこんな“色の役割”
- 僧侶札:袈裟の色・柄で差がつく
- 女流歌人:衣の重なり色で個性が出る
- 公家:衣の色味や小物まわりで雰囲気が変わる
「この札、やたら色が強いな…」と思ったら、覚えやすくするための演出だと思うと納得しやすいです。
札を見るのが楽しくなる!観察チェックリスト
- 黒っぽい部分はどこ?(法衣っぽいところ)
- 色が強い部分はどこ?(袈裟っぽいところ)
- 柄はある?(雰囲気づくりのポイント)
- 表情は穏やか?鋭い?(人物像の演出ポイント)
絵札は“現実の服”より“肖像としての見せ方”が優先されるから、僧侶札も色が出やすいです。
次は、雑学として「紫ってそんなに特別なの?」を、難しくならない範囲でサクッと紹介します(“紫衣”につながる話です)。
セクション4:紫ってそんなに特別なの?――百人一首の「紫っぽい袈裟」が気になる人へ(雑学)

百人一首の僧侶札を見ていて、「お坊さんなのに紫っぽい…?」と気になったら、そこは雑学の入り口です。
結論から言うと、紫は“えらい・特別”を表しやすい色なんですね。
絵札で紫が入ると、ただの僧侶というより「格が高そう」「徳が高そう」といった雰囲気を出しやすくなります。
1)「紫衣(しえ)」ってなに?
紫衣は、ざっくり言うと紫色の法衣や袈裟のことです。
解説では、紫衣はもともと宗派を問わず高徳の僧尼が朝廷から賜ったもので、尊さを表すものだった、と説明されています。
- 紫=「特別な許可・権威」のイメージがつきやすい
- だから絵札でも、紫っぽい色が入ると「格の高さ」を一瞬で演出しやすい
2)紫が“事件”になるくらい、重い存在だった
紫衣がどれだけ特別だったかは、紫衣事件を知ると一気に伝わります。
紫衣事件は、幕府が朝廷の動きに強く介入し、紫衣の勅許(天皇の許可)をめぐって対立が深まった出来事として説明されています。
抗議した大徳寺の沢庵(宗彭)らが、1629年(寛永6)に配流になった、という記述もあります。
- 「誰が紫衣を着ていいか」=権威そのもの
- だからこそ、朝廷と幕府の対立点になり、事件にまで発展した
3)百人一首の絵札に戻ると…紫は「分かりやすい演出」になる
ここまでの話を、絵札の見え方に当てはめると納得が早いです。
- 絵札は“写真”ではなく、人物の雰囲気を伝える「肖像表現」になりやすい
- 袈裟は上に重なるので、色の印象が強く出やすい
- 紫は「特別感」「格」を一瞬で伝えやすい
だから僧侶札で紫っぽい色が見えたら、「派手にした」というより、“格がある人物として描くための演出かも”と考えられますね。
まとめ:百人一首の“カラフルなお坊さん”は、間違いじゃない
百人一首のお坊さん札がカラフルでも、ぜんぜん不思議じゃありません。
理由はシンプルです。
- 絵札は、当時の服をそのまま写したものではなく、人物の雰囲気や象徴を見せる「肖像表現」になりやすい
- 僧侶の装束は黒(墨染)のイメージが強いけれど、袈裟が重なると色の印象がガラッと変わる
- さらに「紫っぽい色」には、特別感や格の高さを演出する意味合いが乗ることもある
だから、お坊さんなのに派手に見えたら、「この人を“それっぽく見せる”ための色なんだな」と思うと、百人一首が一段おもしろくなります。

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